東京MOUとは?

「東京MOU」とは、1993年に日本をはじめとしたアジア太平洋諸国18の国・地域1 が参加し東京において開催された国際会議にて締結された「アジア太平洋地域におけるポートステートコントロール(PSC)に関する覚書(Memorandum of Understanding on Port State Control in the Asia-Pacific Region)」のことで、東京で締結されたため、このように略称されています。また、同覚書により運営されている国際組織体(地域PSC協力組織:Regional PSC regime)のことを「東京MOU」という場合もあります。

なぜ東京MOUは締結されたの?

1970年代から1980年代にかけ、経済性の観点から便宜置籍船が台頭してきました。当時の便宜置籍国の中には国際条約に規定された旗国としての義務を十分に果たさずに船舶の登録を行っている国があり、これらの条約不適合船(サブスタンダード船)による海難事故が多く発生しました。特に1978年3月にフランス・ブルターニュ半島沖で発生した原油タンカー「アモコ・カディス号」(リベリア籍、233,690DWT)の操舵装置故障を起因とする座礁事故では、223,000 トンの油が流出し沿岸国に多大な被害を生じました。

この事故が契機となり、欧州ではサブスタンダード船の排除のためにPSCの必要性が強く認識されました。各国が個別にPSCを行うと、検査の厳しさの相違により港湾間で無用の競争を招くことになりますし、船側でも同じ地域で国が変わるごとに何回も検査を受けなければならないといった問題が生じます。このため、近隣国間でPSC検査方法の統一やPSC検査結果の共有・活用を図る必要性が認識され、1982年1月にパリで開催された欧州14カ国の海事担当大臣会合において「PSCに関するパリ覚書(Paris Memorandum of Understanding on Port State Control)」(パリMoU)が採択され、欧州地域でPSCを効率的・効果的に行う枠組みが構築されました。

この欧州地域でのPSCに関する地域協力が一定の効果を上げたため、この成果に着目した国際海事機関(IMO)は、1991年の第17回総会において「PSCに関する総会決議」A.682(17)を採択し、加盟各国の政府に対し、パリMoUと同様の枠組み構築の検討を要請しました。

アジア太平洋地域では、日本の主導により、1992年2月に地域PSC協力組織づくりに向けた準備会合を東京で開催し、その後2回の準備会合(第2回シドニー(同年11月)、第3回バンクーバー(1993年6月))で検討を重ね、1993年12月に東京で開催された第4回準備会合において「アジア太平洋地域におけるポートステートコントロール(PSC)に関する覚書(Memorandum of Understanding on Port State Control in the Asia-Pacific Region)」(略称:東京MOU)が採択されました。

欧州、アジア太平洋地域以外の地域においても、同様のPSCに関する地域協力体制が構築され、現在、世界には、下表のとおり、9の地域PSC協力組織が活動、それぞれの地域でサブスタンダード船の廃絶に向けて取り組んでいます。

地域PSC組織名締結年加盟国・地域(数)
パリMOU1982ベルギー、ブルガリア、カナダ、クロアチア、キプロス、デンマーク、エストニア、フィンランド、フランス、ドイツ、ギリシャ、アイスランド、アイルランド、イタリア、ラトビア、リトアニア、マルタ、モンテネグロ、オランダ、ノルウェー、ポーランド、ポルトガル、ルーマニア、ロシア※、スロベニア、スペイン、スウェーデン、英国(28)
※ロシアについては資格停止中
中南米地域MOU
(ビナデルマール協定)
1992アルゼンチン、ボリビア、ブラジル、チリ、コロンビア、キューバ、ドミニカ共和国、エクアドル、エルサルバドル、グァテマラ、ホンデュラス、メキシコ、パナマ、ペルー、ウルグアイ、ベネズエラ(16)
東京MOU1993オーストラリア、カナダ、チリ、中国、フィジー、香港(中国)、インドネシア、日本、韓国、マレーシア、マーシャル諸島、メキシコ、ニュージーランド、パナマ、パプアニューギニア、ペルー、フィリピン、ロシア、シンガポール、タイ、ヴァヌアツ、ベトナム(22)
カリブ海MOU1996アンティグア・バーブーダ、アルバ(オランダ)、バミューダ(英国)、バハマ、バルバドス、ベリーズ、ケイマン諸島(英国)、キュラソー(オランダ)、キューバ、フランス、グレナダ、ガイアナ、ジャマイカ、オランダ、セントクリストファー・ネーヴィス、セントルシア、セントビンセントおよびグレナディーン諸島、シントマールテン(オランダ)、スリナム、トリニダード・トバゴ(20)
地中海MOU1997 アルジェリア、キプロス、エジプト、イスラエル、ヨルダン、レバノン、マルタ、モロッコ、チュニジア、トルコ(10)
インド洋MOU1998オーストラリア、バングラディシュ、コモロ、エリトリア、フランス、インド、イラン、ケニヤ、モルディブ、モーリシャス、モザンビーク、マダガスカル、ミャンマー、オマーン、セイシェル、南アフリカ、スリランカ、スーダン、タンザニア、イエメン(20)
アブジャMOU1999アンゴラ、ベニン、カメルーン、カーボヴェルデ、コンゴ共和国、コートジボワール、コンゴ民主共和国、赤道ギニア、ガボン、ガンビア、ガーナ、ギニア、ギニアビサウ、リベリア、モーリタニア、ナミビア、ナイジェリア、サントメ・プリンシペ、セネガル、シエラレオネ、南アフリカ、トーゴ(22)
黒海MOU2000 ブルガリア、ジョージア、ルーマニア、ロシア、トルコ、ウクライナ(6)
リヤドMOU2004 バーレーン、クウェイト、オマーン、カタール、サウジアラビア、アラブ首長国連邦(6)
(注)1. 2023年7月現在|2. 国等の表記は外務省の用例による

東京MOUの組織は?

東京MOUでは、PSC委員会(メンバー当局、準メンバー当局、オブザーバーにより構成)を年1回以上開催し、メンバー当局が実施したPSCの実績を踏まえながら、PSC検査手順、通報・連絡体制、新たな条約や要件に関するPSC実施要領・手順、検査船舶の選定基準、データベースシステムの運用状況、PSC検査官の能力向上のための研修、他の地域PSC協力組織との協調方策などについて審議し、決議します。

この会議の運営や会議と会議の間の期間に設置されるインターネット会議の運営、研修事業の実施などの業務を行うために事務局が東京に置かれており、公益財団法人東京エムオウユウ事務局は、これらの事務局業務のほか、日本財団の御理解、御支援を得て域内PSC検査官研修事業等を実施しています。

また、地域PSC協力組織の重要な要素の一つである検査データ共有のためのデータセンター(アジア太平洋電子情報センター:APCIS)がモスクワに設置されています。メンバー当局が実施した検査データは全てAPCISに送付、保管されており、英文ウェブサイトで公表しているほか、メンバー当局がPSC検査を行う際に活用されています。

東京MOUはどんな活動をしているの?

東京MOUは、2010年に活動基本方針(Policy Statement)を策定し、「アジア太平洋地域からサブスタンダード船を排除する」という目標(Our vision)の下、使命(Our mission)と約束(Our commitment)をそれぞれ定めています。これらに従い、5年間の戦略計画を策定し、随時見直しを進めながら活動しています。主な活動の概要について以下に紹介します。

東京MOUの活動基本方針

アジア太平洋地域からサブスタンダード船を排除します

域内で運航する船舶に対し、IMO/ILOの条約等の確実な実施及び普遍的かつ統一的な適用を推進します

東京MOUは、

1)域内における効果的かつ効率的な PSC システムの開発、維持

2)MOUの地位、パーフォーマンスの向上

3)他地域のPSC協力組織との協調的取組み、協力の推進

4)透明性並びに産業界とのコミュニケーション及び関係の向上

に邁進します

PSC検査実績の集計、分析、公表

東京MOUの各メンバー当局により、毎年約30,000件のPSC検査が実施されており、その結果をリアルタイムで英文ウェブサイトに公表しています。また、拘留(Detention)処分を受けた船舶や劣悪船舶(過去1年間に3回以上航行停止処分を受けた船舶:Under-performing ships)の一覧表を毎月英文ウェブサイトで公表しています。劣悪船舶に指定した船舶については、検査船舶選定基準にかかわらず域内の港に入港した際にはPSC検査を実施するほか、改善を促す文書を旗国当局及びISM管理会社に送付しています。英文ウェブサイトのホームページで“Inspections & Detentions”のタブをクリックすると、これらの情報にアクセスできます。

また、東京MOUでは、毎年5月上旬に前年の活動をまとめた年次報告書(Annual Report:英文のみ)を英文ウェブサイトに公表(ホームページの“Publications”のタブをクリック)しています。Annual Report では、その年の東京MOUの活動内容に加えメンバー当局が行ったPSC検査実績を集計、分析した図表も掲載しています。

検査船舶選定統一基準の策定・運用

東京MOUではメンバー当局全体で約1,300名(2022年末現在)のPSC検査官が年間約3万件のPSC検査を実施しています。東京MOUでは、この人的資源を有効に活用するため、個々の船舶について過去のPSC検査実績などに基づいて海上安全確保・海洋環境保護・船員の労働生活環境への危険度を評価し、より危険度が高いと評価された船舶を優先して検査する仕組み(New Inspection Regime (NIR))を2014年に導入しました。各船舶を別紙1のリスク指標算定方式に従い集計したポイントに応じ“High Risk ship (HRS)”、“Standard Risk ship (SRS)”又は“Low Risk ship (LRS)”の3種に分類し、それぞれのリスク指標の船舶について検査を行うべき時期を別紙2の図のように定め運用しています。この方式によれば、上述のように人的資源の効果的投入が図られるほか、船側から見れば、品質の高い船舶は検査頻度が少なくなり自船の品質を高めるインセンティヴになると考えられます。なお、各船舶のリスク指標、検査優先度については、英文ウェブサイトに掲載されている個船データで確認することができます。

集中検査キャンペーンの実施

PSC委員会の決定に基づき、通常のPSC検査に加え、新たに追加された要件や欠陥事例が多い案件など特定の分野につい要件について重点的に統一した質問票を用いて一定期間メンバー当局一斉に行う検査(集中検査キャンペーン:Concentrated Inspection Campaign (CIC))を毎年実施しています。CICの効果を高めるために最近ではパリMoUと合同で実施することを原則としています。CICについては、質問票を開始前に公表するほか、実施結果についても公表するとともに今後の基準見直しに資する観点から、取り纏め・分析の上、IMOにも提出しています。

他地域PSC協力組織との協力

世界各地域の地域PSC協力組織との連携を図るため、東京MOUは、パリMoUをはじめ他地域PSC協力組織全てにおいてオブザーバー資格を取得している一方、全ての他地域PSC協力組織にオブザーバー資格を附与しています。また、パリMoU、黒海MOU、インド洋MOUなどとPSC検査データベースの共有化、共通のテーマでのCICの実施などを行っています。さらにパリMoUとの間では、それぞれのPSC委員会に参加し情報の共有、連携を図っているほか、両MOU加盟当局等のPSC担当閣僚会合を、これまで3回開催し、両MOUを中心にグローバルなPSCの推進のための行動指針(閣僚宣言)を採択しています。

域内PSC検査官研修プログラム

東京MOUでは、域内メンバーの多様性を考慮して、設立当初からPSC検査官の資質向上・研修に特に重点を置いており、日本財団の御理解、御支援を得て、種々の研修・教育訓練事業を実施しています。現在実施している主な事業は次のとおりです。

  • 一般研修事業
    PSC検査の信頼性を確保するためには、PSCを実施する検査官が十分な知識と能力を有することが不可欠です。メンバー当局の中には自ら検査官の養成することが困難な当局もあるため、年1回、日本政府の協力を得てPSCに関する基本的知識を習得させるために一般研修(eラーニングによる事前研修(約2カ月間)座学1週間、船上実地研修2週間)を日本で実施しています。近年では地域間の調和を図るため、IMOの資金協力により、アジア太平洋地域以外の地域PSC協力組織からの研修生も本研修に参加しています。
  • PSC検査官セミナー
    海事関係国際条約・規則は毎年何らかの改正が行われるほか、新たな条約が発効することもあります。これらに対応するPSCの手順・指針についてはPSC委員会にて審議・採択されますが、各メンバー当局のPSC検査官がこれらの手順・指針を適正かつ統一的に運用できるよう毎年メンバー当局等のPSC検査官を集めてセミナーを実施しています。セミナーでは上記の新たな要件や手順・指針のほか、集中検査キャンペーンの指針についても取り上げ、その統一的な実施を図っています。
  • 専門研修
    特定のテーマに絞って集中的に研修を行う専門研修を2年に1回実施しています。これまでMARPOL条約、火災安全措置、バラスト水管理条約、STCW条約などの専門研修を開催しています。
  • PSC検査官交流プログラム
    PSC検査の調和・統一性を図るため、PSC委員会で採択された手順・指針に加え、実際に各当局のPSC検査官が他の当局に出向きその当局のPSC検査に立ち会い、それぞれの検査手順等の相違について指摘、議論しあう機会を提供するPSC検査官交流プログラムを実施しています。
  • 専門家派遣事業
    域内メンバー当局の多様性を踏まえ、PSC先進国の経験豊富なPSC検査官が途上国当局に出向きPSC検査に関する知識、手順についての研修を途上国当局のPSC検査官に対して実施し、PSC検査官の資質向上を目指す専門家派遣事業を実施しています。